苦しみの中、内なる声に導かれて言葉が紡がれた賛美歌

新生讃美歌641番 「尽きせぬ主の愛」

 

作詞者:ジョージ・マセソン(1842〜1906)
スコットランドの裕福な商家に生まれる。幼少期から目の疾患に悩まされ、18歳で完全に失明。しかし、優秀であった彼はエジンバラ大学を首席で卒業し、後に神学を学んでスコットランドの保養地インネラにある小さな教会に就任する。彼の説教は情熱的で、それを聞くために夏のバカンスをインネラで過ごす人が多かったといわれるほど魂に肉薄する迫力を持っていた。ヴィクトリア女王に招かれバルモーラル宮殿で行った説教は、女王にも大きな感銘を与えたという記録が残されている。彼は優れた文筆家・研究者でもあり、多くの神学的名著を残している。

この曲は1882年、40歳になっていた彼が激しい個人的苦悩の中で書いたものとして有名である。彼の手記によると、妹の結婚式の夜、ただ一人家に残っていたときに突然深い悲しみが襲い、その苦痛によって内なる声に導かれて現れたのが、この歌詞であった。その苦悩とは、まるで見知らぬ人物にさらわれるかのように結婚する妹との別離であり、別離は深い愛と絆で結ばれていた妹が死ぬことと同じ悲しみを彼にもたらした。新生讃美歌の最初の歌詞「尽きせぬ主の愛」は、原詞では「私を離すことのない愛よO love that will not let me go」となっている。このフレーズには「私があなたのみそばから離れたいと願っても許してくださらないほどに私を愛したもう主よ」という意味が込められている。これは妹がマセソンに言った「嫁ぐのでこの家を去らせてくださいlet me go」から受けた衝撃によって与えられた、彼の信仰の気づきであった。苦悩の発露として詞が生まれ、それによって別離というものは、「神が私を教育なさる第一歩」であると確信を得た彼は、後の著書の中でこの賛美歌の1節を引用し、「個人的な悲しみを超えて神に従い、人々に奉仕することができる様に」との決意と祈りを記している。この祈りの通り、2年後に赴任したエジンバラの教会では、着任してからわずか半年で約1500人に上る正教会員の全家庭を心を込めて訪問し、5年間で信徒が300人も増し加えられる実りある働きをした。

新生讃美歌442番「この世のつとめ いとせわしく」の作曲者:津川主一は、この曲を「賛美歌の中で最も美しい歌」として激賞したとの逸話が残っている。


作曲者:アルバート・リスター・ピース(1844〜1912)
イギリスのオルガニスト、賛美歌・宗教歌曲の作曲者、編集者である。ピースは、ヨークシャー州の貧しい家庭の息子として生まれたが、音楽の才能に恵まれ、独学で音楽の名手となり、9歳の時には地元近郊のホルムファース教区教会でプロのオルガニストとして演奏するほどであった。1865年にグラスゴーにあるトリニティ会衆派教会のオルガニストに任命されて以来、イギリスの名だたる大聖堂および音楽ホールのオルガニストを歴任した。

「ST.MARGARET」の名がついているこの曲は、ピースがこの賛美歌のために依頼されたものである。彼はマセソン歌詞を読んだとき強い霊感を受け、あふれるような曲が心に浮かんだといわれる。マセソンの深い悲しみから生まれた言葉を、ピースの心に染みこむ旋律が支えており、聴く者に、悲しみを超えた世界が広がるのを感じさせる。

 


時代背景:19世紀の英国は「パクス・ブリタニカ」と言われるほどの大繁栄期にあった。スコットランドの造船業・機械工業は英国経済に不可欠であり「繁栄は北にあり」といわれるほど発展していた。しかしその繁栄が進む中、貧困・子供の飢え・公害問題などは深刻であった。

持山優子(相模中央キリスト教会員)


参考資料:
「George Matheson」「Albert Lister Peace」Hymnary. Org. / The Cyber Hymnal
『賛美歌・聖歌ものがたりー疲れしこころをなぐさむる愛よ』大塚野百合 出版社:創元社 1995年
『こころに残る賛美歌物語100』李重台 出版社:ヨベル 2005年
世界史の窓『ヴィクトリア朝』https://www.y-history.net/

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